ストレスで湿疹!学校事務の仕事をしてきて辛い、辞めたいと思った話

ブログを運営していく中で、ありがたいことにコメントを頂ける機会が増えてきました。
40年間の学校事務職を終えて
先日、こんなコメントを頂いたので記事にさせていただきます。

頂いたコメントはこちらです

お世話になります。
お忙しい中大変恐縮ですが、学校事務職員を40年間勤められた先輩にぜひ教えて頂きたいことがありまして、お知恵を拝借できたら幸いです。

現在、人間関係で深刻に悩んでおります。
事務室には用務員さんもいるのですが、その方は外の仕事は全くしません。

職員室の給食配膳、ごくたまに来客へのお茶出しをする以外は座ってスマホを触っています。
自分の分担の仕事も、私に押し付けてきます。

そして気に入らないことがあると管理職、教員、事務室に対して怒鳴り散らします。
理不尽な理由で怒鳴るので、職員は全員、その方に対して腫れ物に触るような扱いです。

また、朝少し早く来た分、長期休業中に調整と言って1週間以上休みます。
(朝早めに来るのは当然で、普通調整なんて取りませんよね。)

正直、この方と事務室で一日中向き合って仕事をし、そして仕事の邪魔をされ、怒鳴られるのでうつ病になりそうです。

異動したいのですが、異動対象になるまで、あと3年あります。
この用務員さんのことも、どこの校長も受け入れたくないとのことで、異動はしないと予想されます。

このような場合、どうしたらいいのでしょうか。
うつ病になって休職するまで耐えるしかないのか…。

何か良い方法がありましたらぜひご教示頂けるとありがたく思います。


この度は勇気を出され、また藁にもすがる思いでコメントをお送りして頂いたのだと思います。
そのお気持ち嬉しく、ただ年数が長いというだけなのに私のようなものに相談して頂き有難うございます。

私も同じような体験をしておりますので、スゴクお気持ちや精神状態もわかる気がします。
正直、過去の悩み苦しんでいた自分を見ているようで他人事とは思えません

すぐに解決できる方法はないと思いますが、私の体験談を交えながらお話してみたいと思います。

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13年目に出会ってしまった女性

私の場合、用務員さんと県費の事務職員の方(私は市費の事務職員でした)、同時期ではありませんがこのふたりの人にとても苦しめられました。

一人目は13年目に出会った女性の用務員さんでした。
その前に別の県費の事務職員の方と少しギクシャクしてしまった事もありましたが、
それはお互いの思い違いということで仲直りできましたが、その用務員さんは病的な一面を持つ強烈な方でした。

やはり、職員全員が腫れ物に触るような感じでした。
いつ怒り出すかわからない方だったので管理職も常にご機嫌をとっている状況を目にしていたのですが、
「公務員ってこういう人でもクビにならないんだな…。理不尽な世界だ!!」
と当時はいつも思っていました。

でも、その用務員さんは機嫌の良い時もあって、そんな時は笑いながらオシャベリすることもありましたが、ほんのチョットしたことで爆発するので、気を遣いながらのオシャベリはやはり楽しくはありませんでした。

当時の勤務校は近くに郵便局があり、わたしは毎日のようにその郵便局へ行くのが唯一ホッとできる時間でしたが、徒歩で5分程で行ける郵便局に廻り道をして15分かけていました。

その廻り道をしている間、怒鳴られたあとは泣きながら歩くこともしょっちゅうありました

とばっちりが私だけに。。。

私以外の人に怒っている時でも、事務室に来て私にまた当たり散らすんです。
県費の事務職員の方も一緒にいたのですが、私だけ特に当たってきたのでした。
(用務員室があり一緒の部屋ではありませんでしたが、いつも来ていたので)

私はいつも精一杯神経を使っていたので、私の事が気に入らなくて怒り出すことはあまりなかったのですが、他の人のとばっちりがいつも私に向けられていました

用務員さんも市費の職員で、私は後輩にあたる関係性というのもあったのですが、校内でも一番身近な存在というのも原因の一つだと思います。

頭痛と吐き気の日々

2年目あたりだったと思いますが、もともと偏頭痛持ちということもあってその症状が今までにない酷い状態が毎日続きました。

耐えられないような頭痛と吐き気に時々襲われこのままではどうなるかわからないと思い、たまたま勤務校のすぐ近くに病院があったので、通院を始めました。
投薬治療は2年続きました。

更に皮膚の状態も悪化

3年目には、偏頭痛の治療とともに皮膚科にも通い始めました。
口の周りに湿疹が出てしまいこれもあまりに酷くて隣町の皮膚科に行ってみると、おそらくストレスからくる湿疹だというのです。

人には見せられない酷さだったためしばらくの間マスクをして勤務しました。

給食をひとりで食べることに

給食はいつも職員室で7~8人で食べていたのですが、その時期は一人事務室で食べていました。
ほかの方々は「大丈夫だから一緒に食べようよ」といつも言ってくれましたが、私の顔を見たら汚くて食欲がなくなると思い、どうしてもその時ばかりは遠慮しました。

その時の顔は、自分で自分の顔を見ても食欲がなくなるほど酷い湿疹だったのです。

私に対する態度が変わった瞬間

そしてその勤務校で4年目の後半だったと思いますが、その用務員さんが体調を崩し入院してしまったのです。

同じ市費の職員だったので事務関係の事や、その頃はお給料が現金支給だったのでそれを届けて差し上げたりと、もちろん行きたくはありませんでしたが、私の仕事と思い何度も訪れました

そうしているうちに、私に世話になっているから悪いと思ってくれたのでしょう、私に対する態度が変わってきたのです。

7年間の我慢

その後自宅療養も終え職場復帰した用務員さんは、以前よりは私に対してだいぶ優しくしてくれるようになりましたが、怒りの矛先が時には私に向けられることも少なくはありませんでした。

いったん怒り始めるともうブレーキがきかないのです。

でも、私が異動するまで7年間一緒でしたが復帰後は用務員さんが少し変わってくれたのでどうにか務まりました。

その7年の間、もう辞めたいと思った事は数えきれないくらいです。

もうひとり、県費の事務職員の存在

長文になり大変申し訳ありません。
もう一人どうしても耐えられなかったのは、同じ部屋にいて朝から夕方までずっと顔を合わせなくてはいけない県費の事務職員の方でした。

この人の時も、ノイローゼ気味になり体調を崩し、毎朝出勤するのが嫌で嫌でたまりませんでした。

異動という手段も視野にいれる

では、この人とはどう乗り越えたか少しお話させて頂きます。
と言うより、乗り越えられなかったので異動という手段に出たのですが…。

1年間一緒にいただけで体調がだいぶおかしくなってしまい、2年目に入ったもののこのままでは入院になってしまうと思った私は、ダメでもともと!と、それこそ藁にもすがる思いである方に相談に行きました。

その方に一部始終を聞いて頂くと私の体調まで心配してくださり、いろいろ手を尽くしてくださったのでした。
この時はとてもラッキーだったとしか言いようがありません。


そして、2年間一緒にいただけで異動させてもらい悪夢のような毎日が終わりました。
やはりその県費の事務職員の方も精神面で普通ではありませんでしたね。

しかも、毎日1日中すぐ目の前に常にいるわけですから、用務員さんの時よりも辛かったかもしれません。

せめて銀行へ行った時に息抜きをと思い、駐車場に着いてから車の中で少し気持ちを落ち着かせていたりすると、

「遅かったじゃないの。何してたの!!」

と言われてしまう事も。

この時は、私のような者でも相談できる方がいらっしゃったので本当に助かりました。
この方には今でも感謝の気持ちで一杯です。

異動出来てなければ、あのまま退職していたかもしれないので。

変わった人も多い業界

このように学校内で変わった方がいるのは珍しいことではありません。
(大変失礼ですがどこでも用務員さんに多いようですね。)

私の事務仲間にも同じような悩みを抱えていた方を知っています。
相談者様とご一緒に勤務なさっている用務員さんのことは、周囲の先生方も皆さんよくご存知の事ですから、まだ救われてらっしゃるのではないかと思います。

私も用務員さんで悩んだ時は、周囲の皆さんがわかっていたので、それだけは救いでしたね。

でも県費の事務職員の方の時は、周囲の先生方は普通に良い人と思っているわけです。

私だけに酷い仕打ちをするわけですから、それはもうツライ毎日で他の先生方にも教えてあげたいくらいでしたが、そんなことをしようものならそれこそ一大事で、私はもう出勤出来なくなってしまいます。

私の後任の市費事務職員の方も相当辛かったようでしたが、1年間だけ一緒にいただけでその県費の事務職員の方は、異動してしまったのでその後はとてもラクになったのでした。

その県費の事務職員の方は同じ部屋にいる人に、一緒にいる時期だけ辛く当たるようなんです。

私が異動してからは何事もなかったかのように私に接してくれるようになり、私の後任の方も異動してからはその後お会いしてもごく普通にしてもらっているとのことでした。

私は後任の方と時々お話する機会がありますが、「あの酷い仕打ちは何だったんだろうね。」とよく話題にのぼります。

仕事できる場所を探してみる

相談者様も精神的に大変でお仕事に支障をきたしていると思いますので、もし職員室でお仕事をできる状況であれば、職員室でしてみるのも一つの方法です。

しかし、事務のお仕事は見られてはいけない書類もあったり、特に異動時期の書類は職員室では無理ですから、そんな時以外は職員室でお仕事を出来る状況を作ってみるのはどうでしょうか。

あるいは時には空き部屋でお仕事するとか…。
でも事務室は窓口なので離れることは無理だと思われたら、本当にツライ時だけでも、事務室を離れてもよろしいかと思います。
事務室を空けるのが気が引ける場合は、管理職に事情をお話してたまには離れてみてください。

あとは、異動対象ではなくても異動希望を出し続け、それと同時に体調不良を訴え続けるのも一つの方法かもしれません。
用務員さんの異動がないのであればもちろん相談者様が異動するしかない訳ですしね。

周囲がわかっているだけでも心強い

でも、あと3年今の勤務校で我慢する事も選択肢の一つに入れてみてください。
一番被害を被っているのはもちろん相談者様だというのは私が一番理解できます。

でも、管理職の方や先生方も怒鳴り散らされているわけで被害者は相談者様だけではないのですし、周囲がわかってくれているというのは何よりも心強いのではないかとも考えます。

もし、どうしても異動の希望が通らなかったらそのようにお考えになって、今を乗り越えて頂きたいとも思います。

無駄な時間はない

このような学校内の問題は決して珍しい事ではなく、私の他にも友人、知人も同じような体験をしている方がいます。

もし異動出来ても、その異動先にはまた変わった方がいるかもしれません。
どうにもならない場合は、最低3年間は用務員さんとお付き合いしていかなければなりませんが、その時はご自分の人生経験として培われるものがあると思いますし、決してムダな時間ではないと私は考えます。

私も山あり谷ありの40年でしたが、今思うと懐かしく、それぞれの勤務校での想い出がいっぱいです。

どんなツライ過去も過ぎてみれば想い出に変わります。

たとえ、それが悪い思い出として残ったとしても退職後には笑って話せる日もくる、と私自身の体験から言えるような気がしますよ。

何者にも代えがたい貴重な思い出が私の人生に詰まっているような気がしています。
ここまで、私の言いたい事を思いつくまま書いてしまいましたが、少しでもお役に立てればとても嬉しく思います。

また何かございましたらコメントをお待ちしております。
まとまりがなくスミマセン!!

今後も学校事務ブログをよろしくお願いします。

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